初めて秋田での釣りが叶ったのは、アラスカで出会ってその後友人になっていただいた木村さんのおかげでした。99年以来、鹿角に住んでいるその人を訪ねて、毎年のようにブナの森を流れる沢を釣り歩きました。

緑の深さ、水の濃さが印象的で、今まで釣りをしてきた関東甲信越より一段上の生命感に溢れています。ガレ場のようなところは少なく、川筋は多くの場合緑に覆われています。そんな川や沢での釣りに、日本でのフライフィッシングを楽しめないワケがありません。

流れに届けた毛針には、大小あるにしても、釣人を飽きさせることなく魚がやってきます。始めて竿を出した頃は、流れに運ばれる毛針に近ずいてくる魚の姿をコンスタントに目撃することができて、秋田はすごいなあ、と率直に思ったものです。雑誌に出ていた魚はここにいたんだ、なんて思ったりもしました。
名の知られた場所はそれなりに人が入っているので、簡単にいかないときもありましたが、小旅行全体を通じてあまり釣れなかったなあ、と思うことが少ない印象です。釣りができる川はたくさんあり、沢は無数にあり、自然に慣れない人が不用意に沢を伝って侵入すると、獣の恐怖にまとわりつかれることもあるくらいに山は深く、戻るのに苦行を強いられることもあるでしょう。自然の中での遊びはどんなことでも危険と向き合わなければいけませんが、秋田での渓流釣りでは今まで私がやっていたのより一段上の慎重さを求められました。それでも、竹竿片手に緑のトンネルを抜けていくあいだに、気になる淵や瀬を見つけては毛針を流れに乗せていく時間は平和そのものです。そこにヤマメが飛び出し、あるいはイワナが身を翻して、水面の毛針を奪ってゆきます。

尺クラスの山女魚には未だに縁がありませんが、岩魚はそれなりのを手にすることができていて、良い沢にタイミングよく入れれば、毛針にヌーっと忍び寄る大きな影に毎回ドッキリさせられることになります。

子供の山遊びをちょっと思い出したくなる、田舎の自然に見つかる生き物たちとのエキサイティングな出会いを大人の自分たちも感じることができる、そんな水辺が秋田にはありました。フライフィッシングにクレイジーになっても受け止めてくれるだけの豊かさがいまだあると言えそうですし、一方で、枯れはじめた釣人が落ち着いた時間に遊べる川もあって、私は年に一度はこの辺りを歩きたくなります。

 

Bill Harms Bamboo Rod

そんなフライフィッシングとともにあるのが山菜たちです。

気がつけば綺麗な水辺にはミズが生い茂っていて、気が向くままにいくつでも取って持ち帰ります。葉を落として茎の皮をむいて、ごま油でサッと炒めると、香ばしさとシャッキリした歯ごたえが新鮮で、箸が進みます。ついでにタラノメやワラビも集めて天ぷらにでもすれば、野菜だけとはいえ、1日遊んで疲れた体にキックを与えてくれるのです。

実に季節感あふれた食卓とともに、ビールをあおって静かな夜の時間を釣りの話をしながら過ごせるなんて。私が知っている秋田のフライフィッシングの時間はこういったことがセットになって思い出される贅沢なものなのです。