学生の時(開高さんが亡くなって、昭和最後の有識者逝く、と新聞に出た時代)に長野県に住んでいたので、本格的なフライフィッシングの始まりはここからでした。もう27年も前になります(2015年時点)。ここで初めて本格的にフライキャスティングを教わる機会に恵まれました。それはとても貴重で、基礎の基礎を習うことができたことは幸運でした。

一方でお金のない中、ウェーダーもない中で、6番のグラスロッド片手にやっていた当時のフライフィッシングは随分無理がありました。当時流行り始めたロングリーダーロングティペットとは真逆の、長めの竿で、短いリーダーで、フライはスタンダードパターンで、10番くらいで、しかも視認性が悪く・・・実際の釣りはずいぶん偏っていて、憧れを混ぜつつ「そうじゃなきゃ」みたいなスタイルでやってましたが、今思えばどう考えても釣れにくい方法でした。

卒業して仕事が始まってからも、疲れて癒されに出かけてきた先は、やっぱり長野県内でしたが、釣りの方法は相変わらずで、やっぱり無理のあるやり方をして、わざわざ釣れにくいやり方で、雑誌で一部の人が硬派と言うような方法でガンバっていました。そのおかげで、あまり良い思いをしていない感じです。

若いながらに川を歩きながら感じ入って、長野の渓流の堰堤や護岸工事に辟易させられてしまって、失望が重なり、海外に出て行くことになりました。

それでもやっぱり長野に来てしまいます。最近は車を得たせいで、再びこのエリアを再開発し始めました。

当時はあまり有名な川を目指さずにいましたが、あらためて訪れたこの川は日本のフライフィッシング黎明期から知られる有名河川です。15年も前ですが、ハイキングで来た際にトレイル横を流れる水の透明度に驚き、その中に無邪気に泳ぐ岩魚を見かけてから、きっといつか来ようと思っていた川です。大きな石がごろつく、慣れないと危険を感じる遡行になりますが、この流れの爽やかさは素晴らしいものがあります。初夏は、付近の落葉松林の黄緑色と白い巨石が風景の中で混じり合って、この川ならではの雰囲気を創っています。

巻いた流れに岩魚が好きそうなフライを漂わせつつ、一つまた一つと打っていくポケットウォータの釣りになります。毎週末入れ替わりで人が来ているので、正直スレているな、という挙動が魚からうかがえます。始めからスゴイ釣りを期待しているわけではないので、2、3匹、活きがいいのが遊んでくれることを期待しつつ出かけます。テンポよく釣りあがっていくと意外なところでライズがあったり、大岩の奥の暗いほうに流れている小さな水溜りにも魚が付いていたり。王道の釣りだけではなかなか魚が顔を出さないので、やっぱり人に追い込まれているのかなあと思いつつ。一方で登山者が行き交うトレイルのすぐ脇にフラフラ泳いでいるのがいて、ポンと毛針を落とすと、サッと影がそれを奪っていってたり。岩魚らしい気まぐれ感を久々の長野で楽しむことができました。