翻弄される

当事者とそうでない者との隔たりはいつも相当なものがある。まだスティールヘッドのファイトを知らない人にそれがどういうものであるかを一体どう説明したらいいものだろう。

 

この年は久しぶりの9月の釣りに恵まれて、しかも好天が続き、北のブリティッシュコロンビアならではの黄金の紅葉に囲まれてスティールヘッドを追いかけることとなった。

「スティールヘッドもオレたちと同じく、オスがメスを追いかけるようにやってくる。つまり、メスがまず遡上し、その後をちょっと遅れてオスが遡上してくるという訳サ」

地元の釣人と釣果のやり取りをしていたら、こんな話になった。以前9月にメスばかり揃って7匹ほど釣れたことがあった。そして翌年10月に来てみると、今度はオスばかり。なるほど、思い返すとこの地元民のコメントは過去の自分の実績を良くいい当てている。まさにそのとおりダネ!と相槌を打ち、「でも最近の人間界は逆の現象もよく見かけはしないか?」と切り返せば「まあね」と。

今年もメスが続いた。

 

メスの闘争がオスのそれよりも派手であることはスティールヘッダーの間では一つの常識。9月は遡上の始まりの時期で、魚の巨大さは10月に譲るとしても、よりフレッシュ、よりアクティブな魚が多数川に存在している。この時期の魚の戦いぶり、特にメスの15ポンド前後となると、ひとたび掛ければスティールヘッディングを象徴するファイトになり、打てばすぐ響くような生命力に満ちた相手との戦いになる。

手にした魚を眺めると、やっと手に入れた年1回の楽しみに顔はほころばずにいられないし、釣師を大いに楽しませる砲弾シェイプに究極のフライフィッシングの充実を感じるし、さらにはその魚の外観となると、わずかな光を照り返す繊細であるけれど野生そのものと言いたい鱗のこまやかな連続があって、写真に残す楽しみは大いにあると言いたいところである。

ところが。

その視覚の芸術的楽しみ以前に、日に数回もファイトをするとなると、釣り人は魚の抵抗に竿だけでなく背骨までが軋むことになり、腰を入れ踏ん張り続けても容易に引き寄せられてくることはない相手にヘトヘトになる。

掛かるやいなや手元のリールは気を失ったように無抵抗に逆転し、スペイロッドは絞り込まれ、水中を走る魚の動きに震えてラインが翻弄され、戦いの最中いずれの道具も頼りない限りになってくる。股のあたりまでウェーディングしているこちらの頭上を越える高さまでのLeapを繰り返され、文字通り、手も足もでなかった。

9月の魚は遡りたてで気力も漲っている。そしてなおかつ武闘派のメスがほとんどとくるから、こういうのが3時間の間に5匹も掛かり、散々走られて、好きなだけ水面に踊った後、取り込み圏内手前であたかもヤスヤスと針をはずしていくとなると、こちらはそのたびにガックリと肩を落とし、目の前の山の頂を見上げて疲労困憊するしかないのである。

小気味良く繰り出される9月の、特にメスの抵抗へんげは、フックを全方位からはずしにかかっているとしか思えないほどで、バーブレスフックは何度も、いとも簡単に外れていく。くるぞくるぞと身構えていても、ひとたび跳びに掛かると見事にフライを振り切って逃げてゆく。

竿は絞りすぎてもいない、かといって緩めすぎてもいない。今まで体得してきたテクニックを総動員させて臨んでいるのだけれど、どうにもアチラのほうが完全に上手で、肉体と精神を合わせた体力は消耗以外に何もないといいたいくらいになってくる。

 

スティールへッドにはじかれるフライを何度も目の当たりにすることになって、取り込めるかどうかはファイトの薀蓄以前に、どこに針が掛かっているかに大きく左右されるのだと再考を余儀なくされる。

とにかくフッキングしようとすれば早合わせをすればいいのだけれど、そのほとんどは釣人の不利になるような針掛りをしている。ファイトの方法云々は確立を高めてくれる手助けはするけれど、子気味よく戦う相手にはもうどうにも仕様がなく、前後左右、そして空中にまで飛び出してくる相手は全方向から針の外れる向きを試しているから、掛かりが悪ければバーブレスフックは外れないワケがない。

遅合わせで「Slowly slowly and elegantly」を志向することで条件良く針掛りする確立は高くなるけれど、フライに近づくスティールヘッドを感じつつ、フッキングに至らずに終わることも大いにあって、これまた惜しい気がしてきた。

 

ある日、4 on, 1 caughtで花火を打ち上げられ、その日はすっかり釣りのマインドを変えざるをえなくなった。「であれば、いっそのこと、竿の絞込み、魚の重量感、跳躍の見事さを楽しむべき」として、取り込んでどうこうしようとの念を取り払って再び水に向かう。1匹を徹底して嗜好していく10月とはえらく違う心構えである。

しかし、釣師の心構えなんぞ露知らず、魚は急に、全く気配を消してしまって、フライに掛からない日が何日も過ぎてゆく。

そしてまたある日、奔放にフライにじゃれつき、はじめから勝ちをわかっているのだとファイトを挑んできて、釣人は「あ、あ、あ、」と引け腰で、魚がフライから逃れていく様を見届ける。

彷徨が続き、翻弄は絶えることがない。手応えのある、不確実。