知る

こんなこともある。

 

スティールヘッドの釣りはポイントを稼ぐゲームではない。8匹だと8ポイントで2ポイントより上だ、ということはない。たった1回の、わずかに1匹の衝撃に惹かれて、それを追い求める行為である。その1回はそのときの旅の最中に起こることもあれば、何回かの旅を重ねてようやく巡ってくることもある。シンドい限り、である。でもそのシンドい時間の後についにやってきたとなると、これはもう、つまり、目が潤むようなことにもなるのである。

釣人の多くは実は浅ましい部分があり、人が釣れればUnhappyで、同行が釣れずに自分が釣れればヘンにハッピーであることがないとは言い切れない。過去にそんな気持ちが心の隅にわずかでも起こったことはないだろうか。私はありましたヨ、浅ましい自分が。情けないね、ホント。

ビアスの「悪魔の辞典」にある"幸福”の解説をそのままに、そんないやな自分や他人を時に目の当たりにして困ったことがいままでにあった。それがホトホトつらくなって、ソロを志向することになった。ソロである限りは人間の矮小さとも無縁でいられるというものである。

今年は久しぶりに釣友の一人と竿を交えることとなった。この人、ある意味気を使わなくてすむ、「悪魔の辞典」を参照しなくてもすむ人物である。過去共に何度もスティールヘッドを追っかけて冷たい水に浸かった馬鹿同士である。

数回同行しているが、ラストの2回は私にのみチャンスが巡り、その釣友にはスティールヘッドは恵まれなかった。そのときの内心を知ることはできないが、「釣りたいんだが、これも釣りである、とりわけスティールヘッドの釣りはこういうものである」と静かに理解されているように見えた。はじめ私も幾分引け目を感じなかったわけではない。しかし、2回目からはもう慣れてしまった。だから今回も残すところ1日となってスティールヘッドを手にしていないこの友人と一緒にすごしても正直気にならなかった。

と思いつつ、過去を思い返せば・・・・

 

初めて同行したとき、2人とも釣れなくて釣れなくて、そんな日を何日も過ごした末にようやくあるプールにたどり着いた。その場所を信じて流れにキャストを繰り返し、2人夢中でフライを泳がせ続けたものである。そして釣友に掛かった。その人には初スティールヘッドだった。感動が魚を手にしたその人を包み込んでいたのを今でも思い返せる。さあ我も、と自分も目の色が変わったが、後ろから流すその人物にさらに来た。なるほど、これからと思って粘り腰に行ったが、3本目はまたその友人の手に収まった。結局自分はゼロに終わった。

別の釣行でもこういうことがあった。私たちは2人とも前半の日程で魚を手にしており、最終日に余裕をもって臨んだ珍しい旅だった。その最終日、自分が1匹手にした後、その友人が掛ける、どんどん掛ける、まだ掛ける。結局手にした数はより多く、逃がした数でも上回っており、まったくもって堪能以外のなにものでもなかっただろう瞬間だったと思う。

そんな人でもここ2回は苦しんだのだ。なぜそうなったのかは分からない。けれど、そんなときでも、「いやあ、今日も遊んだ遊んだ」といって川岸に上がってくる。雨に打たれたフードの中に、雪の積もった道を引き返す足取りに、藪を漕ぎ分けて熊の恐怖を通り抜け、冷や汗かいたその表情に、そう、日本では得られない、求めていた遊びを感じている様子だった。たとえスティールヘッドという成果が得られなくとも。

今年も大いに遊んだのだった。

 

釣れない日が続いたけれど、我々はしぶとく遊びを続けた。初めて会って以来、もう10年以上たっているが、友人は何せいい歳になりつつある。1つのランを1回でカバーすることがキツイ様子。度々川岸に腰掛け、車に戻って体温を確保しなおし、車に積んであったウィスキーをすすっては、シエスタに落ちたりを繰り返していた。ついでにウェーダーが浸水し、毎晩ランドリーで乾燥を繰り返し、めくらめっぽう接着剤を滴らせ、塗りたくり、それでも補修の成果なく、足は水温4度に直にジャブジャブと浸され続けた。惨めだったのか?そうは見えなかった。

今年はクラッシックのサーモンフライで釣ると勇み、魚の反応に恵まれなくても、巻いたフライ全員を鎮魂せんがためにそのスタイルで貫き通した。

はじめたばかりのスペイスタイルは粗雑で魚を散らしているようにしか見えず、メンデイングも繊細とは対極の激しさである。しかし、風に翻弄されても流れに向かって竿を跳ね返し、中空にラインを走らせ続ける。

 

6日間はあっという間に過ぎ去り、最後の日は静かに青空が広がった。今日は夕方バスで空港に向かう日である。いつものように太陽が山の向こうに落ちるまで釣りを続けることはできない。昼過ぎまで、である。

後ろから釣っていた自分のほうに魚は掛かってきて、そしてまた逃れていった。

「木村さん、岸近くできましたよ。かなり手前です。」

「あの辺ですか」

「いや、さっき木村さんが歩いた、ほんのすぐ手前です」

 

 

この旅も終わりに近づいてきた。さあ、最後の1時間。お気に入りの、かつてカナダの友人とも一緒に過ごしたメモリアルなこの場所、スティールヘッドを追うという類まれな非日常の時間とももうすぐお別れである。

自分の先を釣る友人はいよいよランの終わりに差し掛かっていた。自分は向こうの山の頂を見つつ、旅の終わりを意識し始めていた。友人はあと何投で終わりにするだろうか。もう後2、3投だろう、そう思っているときに釣友が振り返る。どうやら反応があったようである。しかしこれは時々起こることなので、気に掛けなかった。しかし次のドリフトの後に竿が立つ。

「きましたか!」

ついに掛かった。あの魚が終に掛かった。川岸を大騒ぎで行ったりきたりする。そのはしゃぎぶりはまったくもって子供そのままである。フライフィッシングが「Thinking men's sport」といわれるけれど、それとは程遠い振る舞いで、場がどんなに荒れようとお構いなしのはしゃぎぶり。「え?カメラ?」首からはずして撮影をお願いしようとする大の子供を制し、「それよりも魚!写真は私が自分ので取りますから!」今まで無音だった空間が急に騒がしくなり、音が鳴り響いた。

見ている自分の膝が震え始めた。こんなことってあるのか、最後の最後だぞ、困ったことにスティールヘッドだ、逃げられたらどうする、自分は逃げられてる、だから、何とか、頼む、手にしようよ。見ている自分が緊張した。玉が縮み上がる思いだった。

 

「木村さんにとって究極のフライフィッシングってどんなですか」

「ここでこうして釣りをすること」

2人で目を潤ませた。握手を交わし、言葉が交錯した。その後はもう竿を振らずに、川を後にした。こんなことあるんですね、正直感動しました、最後の最後じゃないですか、お願いしますよ、引っ張らないでくださいよ、イヤ、嬉しいよ、ホントに、着てよかった、これだからやめられない、またきちゃうな。

 

分かります。また行きましょう。