認める

なぜだろうか。釣れるか釣れないかを考えてしまうのは。

釣れて当たり前、釣れない可能性が大、などと自然の中での遊びに打算を考えてしまうのは本当に人間のエゴなんだと思う。釣りが自然相手である限り不確実であることが大前提で、何度もやり直しが効くようなゲームでもなんでもない。そう分かっているはずではないか。

 

今年もまたタフだった。いつものように容赦がない。冷たい風にさらされて手がかじかみ、表皮が荒らされ、割れてくる。足は氷水に浸され続けて、横浜に戻って1週間たった今も指先に痺れが残り、神経が届いておらず、ちょっとした凍傷を感じている。気温0-8度、水温4-6度。

昨年末から今年の初めにかけて冬に雪が少なく、マイルドで、夏は通常よりも暖かく、小さな町の人々にはすごしやすい1年を与えてきたようだ。それの影響か、どの川も水位が下がり、今まで分かれた流れは1本になり、今まで立ちこむ目印にしていた水中の岩石ははるか後方の岸にある。

驚いたことに、10月もすっかり後半だというのに紅葉がしっかり残っていて目を楽しませてくれる。このゴールデンイエローの風景画は97年に知って以来のお気に入りで、この中で一人竿を振ることが生きる大いなる楽しみという人間だから、10月前半までにしか見られない風景が、この冬の手前の時期、冷たい空気の中にまだ残っている不思議は望外の感悦となった。

けれど滞在の1週間の間にも、強い風が吹けば目の前の風景は色を落としてゆく。太陽を照り返していた黄金の葉は瞬く間に振り落とされ、樹木の骨だけを残した寒々とした山林に変わってゆく。山中の木々が振り落とす紅葉は一吹きごとに川に吹き込まれて、おびただしい数の落葉が水中でひらめく。冬がきている。

めったにないスティールヘッドからの反応を探る間中、この落葉がラインをかすめ、フライにタッチし、時に針先めがけて水中を舞って掛かってくる。水面から出ている中空の上半身も風に翻弄されているというのに、水中でもこれである。こんな自然を感じることはやっぱりここだけだ。

 

ついに来た。3日間空振りの後の4日目。そして掛かった。あの魚である。水中から躍り出る。あの2年間思い続けた魚である。見事な跳躍。こちらを不安に陥れる跳躍。ラン。果てしがないかのようなラン。ハーディが喚く。どこまでも走っていく。魚が行きたいところまで走らせろ、とはいってもどこまで走らせればいいというのか。ヘッド、ランニングライン、バッキングライン。ラインの色がどんどん変わって重たい下流に伸びてゆく。

リールは景気良く回る。魚は疲れればいつか止まるサ、という定説を信じてロッドを握る手に汗が滲む。膝と腰を落として怒りに堪える。遠くで跳躍また一つ。そしてまた一つ。長く引き出されたラインの先に踊り猛るこの魚に自分はいったい何を得ようというのか。

手前に寄せてくる。最後の詰め。相手は近寄るのを拒み続ける。であればそれを待つ。10分は経っていたと思う。相手に疲れが見える。けれど自分も同じく、である。頭が持ち上がって動きを変えた。腕が着いてゆかない。竿先を相手の動きに合わせようと誘導するのだけれど付いてゆけなかった。そして、今まで耐えてきたフックの掛所は急な方向転換に、実にあっけなく、外れたのだった。

 

両肩が落ちる。顎が下がる。レインジャケットのフードをかけた頭から耐え得ざるが如き悲泣の声が漏れる。もう2度とはない相手かもしれないと思うとロッドを握る腕が垂れて、全身の気力が失われてしまった。

大事なものを失ったのか。もらい物を、めっけものを失ったのか。やっと宝くじに当たったとでも言うのか。誰のせいなんだ?こうなってしまったのは。

虚脱。けれどおかしな話だ。欲しいからか。得たいからか。得られるものなのか。

これは死闘である。戦いである。相手は逃れたい一心である。だから抵抗する。そのために戦う。3度も跳び、妥協なく走った。こちらはクジでも当てたつもりでいたのか。そんなものなのか。スティールヘッドの釣りは。

自然を相手に釣りをするということは獲物が得られて当然のことなのか。なんでも自分のモノなのか。財布を失くしてがっかりする、車のキーを川に流してしまって途方にくれる。あるいは株で売り時を逃して損に転ずる、仕事を失って生活を心配する、そんな虚脱感なのか。違うだろう。これはまったく違うのだ。手が震える、膝が震える、肩がわななく。そう。負けたのだった。

 

けれどどうだろう。自分は挑戦した。その上で向こうが優った。失ったもの?勝利ではないだろう。けれどあそこまで戦って見事に勝った相手から惜しくも負けた自分は何も得ていないというのか。そんなことはない。無形であるけれど、とてつもないものを得ている。ここでスティールヘッドの躍動を手に感じたからこその。

だからまた釣りをする。だからまたここに出掛けてきたい。スティールヘッドに挑戦し続けたい。どんなにそれは不確実であろうとも、どんなに状況が釣りに不向きになろうとも、一つの可能性があるのであれば。

だから全身から抜けた力と気力は再びこの川の傍らで充足され、次の一投に向かって再び氷の水に入っていく。

勝率5割の釣り。今回は向こう勝ちだ。取り込めなかった。認めよう。負けを認めなければいけない。