Sunset Moonrise

Kasilof River Alaska King Salmon Mark Conway

アラスカに着いてから、時間を楽しみ、もてあそぶことができるようになったのは1ヶ月を過ぎてからである。それまでは薄皮のテントの中で、眠れずにいたり、その揺り戻しで睡眠し続けたり、そうかと思うと、かつて仕事場でうまくいかなかった思い出や友人を傷つけたことなどがとめどもなしに出没して、いったいこんなところまで来て、どうにもならないことがこうも思い出されるのかと脂汗を掻いて飛び起きたりする。

1ヶ月を過ぎた辺りから次第にそういうことがなくなり、テントから出て人と交わることもやっと出来始め、フライフィッシングが一部お魚釣りへと変貌して、誰かと一緒に釣りをするようになってくる。

 

釣りは低調で、どんなに釣れるといわれるところであっても、相手は鮭の王様、容易に相手をしてもらえるわけではなかった。知識は知識でしかないのだから、日本から来た知ったかぶりがそうそう釣れるワケがないと思いつつ、釣り人にはやっぱり釣れないことが痛烈なのである。一方その時間が人との交わりを促進し、言葉を問題としないコミュニケーションに繋がったりもする。

数匹を手にして、テントでの張り込みを一時中断し、いよいよ町を歩いてみようかとキナイに出向いた。お決まりのコースでも、と思いつつ町のビジターセンターに出かけてみて、さして興味もないのに、ラックからパンフレットを抜いては戻し、引いては差し戻す。

 

歩を進めていくと、コーナーに写真が数点展示されていた。覗き込む眼にとまったタイトルに「Sunset Moonsrise」とある。薄明の町に太陽が落ちつつ、白く光を失いつつある月が昇り始めている。写真そのものはそのタイトルがなければ特に印象的でもなく、ドッてことない町が写っていたことしか思い出せない。しかしタイトルが残った。強く残った。これは今の自分そのものではないか。今の自分を励ます一撃であった。

「何かを得れば何かを失う、失わずして何も得ることはできない・・・」が「Sunset Moonsrise」に符合しないだろうか。

町からテントに戻り、近所に縄張りを張っているマークに訊いた。

 

「サンセットムーンライズって知ってますか。」

「・・・???」

「アラスカにこういう景色というか、状況が起こりますか?太陽が沈んでいくと同時に月が昇っている。」

「・・・あるとおもう。キナイでは白夜は完全な白夜にならないから。短い夜を迎える前に起こっているとおもう。」

 

あまり注意して観ている様子はなかったようだが、あるようである。

ここアラスカにもいろいろな人間が集合しているが、そのほとんどは何かを捨ててアラスカで何かを得ようとして来ているらしい気配がある。マークはかつて写真家としてもシアトルで知られる存在で幾度となく賞も受賞し、その後モデルとのなんだかんだがすっかりいやになってフライショップをはじめ、雑誌にも寄稿し、表紙を飾り、有名メーカーのカタログにも登場したがビジネスはうまくいかず、アラスカでガイドをはじめた。しかしそれもお金を得るということに関しては苦労しているようで、金は2の次にしたいと思いながらも呪縛は存在し続けているらしかった。

しかし炎がそんなことも一時忘れさせてくれるものである。

焚き火を囲んでマークと話すうちに、私はいつしか「何かを得れば何かを失う、失わずして何も得ることはできない・・・」ということをポツポツと言い始め、「それでこうしてここに来たんだ」と言った。